産業基盤の崩壊が心配されるAI被害 予防に主眼を置いた対策を

平成16年から国内で発生の高病原性鳥インフルエンザ(AI)は、これまでの例では1月を過ぎるとほぼ終息に向かっていたが、今年は2月に入っても感染が拡大し、関係者は当惑している。今年だけで鹿児島、宮崎、愛知、大分の4県、14例で、約110万羽の鶏が殺処分の対象になった。特に養鶏主産地の宮崎県での発生は11例で約93万羽を殺処分した。うち8例がブロイラー農場だ。関係者は「なぜ宮崎で」との驚きとともに、安心して養鶏経営が営める対策を強く求めている。

宮崎県での高病原性鳥インフルエンザ(AI)の発生は、2月8日現在で11例。うち採卵鶏農場における発生は1例のみで、肉用種鶏が2例、ブロイラー農場が8例で、累計で約93万羽もの鶏が殺処分され、「なぜ鶏を殺さなければならないのか」との疑問の声が周辺の住民からも聞かれた。
AIが宮崎市から北に向かって点在しながら次々に発生している原因についてはよく分からないが、(1)AIの発生が続いている韓国からの観光やゴルフなどでの人の移動があること(2)鹿児島県のツルをはじめ、渡り鳥や野鳥の感染が全国的に確認されている中で、比較的温暖な宮崎に野鳥が集まりやすいともいわれ、現に県内の野鳥からもウイルスが確認されていること(3)宮崎県は、高速道路網が未整備のため、養鶏に限らず畜産関連農場や施設は、県の経済活動を支える道路「国道10号線」を利用することが多いこと(4)畜産王国であるため、各畜種の農場が、系列(農協系、商系)に関係なく混在していること――などから、感染経路の究明は、農場の環境や衛生対策、野生動物のウイルス保有状況、人や資材などの物の動きなどを慎重に考慮し、ウイルス学者だけではなく、渡り鳥や野鳥、野生動物の生態の専門家、防疫の専門家、養鶏の専門家、業界関係者も加えて検討し、現実的な対策を立てることが重要だ。
特に今回のAI発生での問題は、鹿児島県出水平野の複数のツルからH5N1ウイルスが検出されていることだ。毎年1万羽以上飛来し、生息していることから、今回の広範な感染拡大との関連を疑う見方は多い。ツルやカモなどの渡り鳥は家畜伝染病の対象外であり、環境省や農水省などの行政側は、飛び回っている野鳥は「どうすることもできない」としている。こうした中で、AIウイルスを養鶏場に運ぶとされるネズミ、ゴキブリ、ハエなどの野生動物対策も野放し状態となっているにもかかわらず、防鳥ネットに穴があいていたとか、ネズミがいたとか、ウイルスの侵入で被害を受けた養鶏場にAI感染の責任をすべて押し付けている。
家畜伝染病対策の3原則は、『感染経路対策』『感染源対策』『感受性動物対策』だ。『感染経路対策』はウイルスとの接触を断ち切る衛生対策(バイオセキュリティ)の徹底。『感染源対策』は発生した場合の徹底的な摘発・淘汰、水洗・消毒によるウイルスの根絶。『感受性動物対策』は、宿主である家きん類の抵抗性を高めることで、その役割を担うのがワクチン。
この3原則の対策を総合的に実施し、感染の危険性を可能な限り少なくすることが家畜伝染病の予防対策の常識だが、わが国のAI対策は、殺処分による摘発・淘汰と、バイオセキュリティ対策としての消毒用石灰の散布のみで、AIワクチンの使用を認めていない。
AIの防疫指針では、「迅速な淘汰が困難」な大発生となった時にワクチンを使用するとの方針を示しているが、具体的にどのような状態になったら使用するかを決めているわけではない。むしろ、許可されているAI不活化ワクチンは「発病を抑える効果は期待できるが、感染を確実に阻止することは不可能」とか、ワクチンのウイルス株と野外ウイルスを区別するDIVAシステムについても、「完全に区別できない」などとし、使わせないことに力点を置いている。
AI不活化ワクチンは欧米だけでなく、ベトナムや香港でDIVAシステムの下で使用されている実績がある。当初、「DIVAシステムにだまされてはいけない」などと述べていたわが国のウイルス学者も、世界的に認められた監視・識別システムのDIVAシステムの下で使用するワクチン株は、野外で流行しているウイルス株以外のNを使用すれば解決する(例えば、日本で野外で流行しているH5N1ウイルスに対し、ワクチン株はH5N9にするとか)ため、現在ではさすがに正面から批判することはなくなった。
日本食鳥協会は、AIワクチンをブロイラーで使用することに反対しており、反対論者は日本食鳥協会の反対を盾にできるとみているようだが、AIワクチンの使用は当初から種鶏や採卵鶏の問題であって、ブロイラーは対象せず、野外におけるウイルスの絶対量を減少させることを目的としているもの。
採卵、食鳥両業界とも、安心して養鶏経営が続けられるAI対策の確立を求めていることでは利害は一致している。リアルタイムPCR手法の導入による8時間以内(遅くとも1日以内)の迅速な感染の有無調査と、それに基づく移動制限区域の縮小、卵や鶏肉の円滑な流通、移動制限・搬出制限に伴う経済的損失補償の充実など、養鶏産業を守るための施策を共に求めている。
『ワクチンを接種すると、わが国がAI汚染国とみられる』との心配も、OIE(国際獣疫事務局)の『清浄国の定義』では、ワクチン接種の有無に関係なく、「定められたサーベイランスの結果、過去12か月間本病の感染が存在しないこと」となっている。このように、国際的にはワクチン使用は無関係であるが、日本はOIEの考えに反対し、「ワクチン使用は汚染国」との見解を取っている。ただ昨年は、ワクチンを使用しているとみられる中国、メキシコから鶏肉の輸入実績があり、必ずしもワクチン接種国からの輸入がすべて止まっているわけでもないようだ。
むしろ、種鶏や採卵業界でAIワクチンが使われ、野外におけるウイルスの絶対量を低下させることになれば、食鳥業界のリスクもそれだけ低下することになる。AIが大発生してからワクチンを接種しても、もはや手遅れで、採卵業界も、食鳥業界も壊滅だ。
殺処分と埋却、消石灰散布に固執した前近代的なわが国の防疫対策では、養鶏産業の崩壊と国民の食糧確保を破綻しかねない。加えて政府は、通常国会に家畜伝染病予防法の一部改正案を提出し、その中で、患畜(鶏も含まれる)等以外の予防的殺処分の規定を加えようとしているとされる。
今回の宮崎県の例でも、約6万羽の採卵鶏で感染が確認された2例目では、同一団地ということで約34万羽が検査されることなく同時に殺処分され、8例目の肉用鶏でも同一経営者の関連農場の肉用鶏が同じように殺処分された。迅速な防疫対応とはいえ、産業基盤を傷つける手法であり、本当にこれで良かったのか。
感染の確定診断や移動制限区域内の汚染の有無を迅速に判断できるリアルタイムPCRの本格的な導入や、家畜保健衛生所の人的・技術的なレベルアップ、DIVAによるAI不活化ワクチン接種を認めるなど、安心して養鶏経営を継続できる予防対策に主眼を置いた防疫体制の確立こそ急ぐべきだ。

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